hp_top_960.jpg


うつ病・抑うつ・躁うつ病・躁病の自己分析 一覧


自己分析のきっかけとなった本の文章:

不安は心配を生み出し、危険や被害を回避しようとする努力であり、抑うつ的情動は後悔を生み出し、すでに受けた過去の損害を修復しようとする努力である。
セラピストと患者のための実践的精神分析入門/オーウェン・レニック P.158 一部改変)

本による自己分析からの洞察:

不安と抑うつを混同
これは重度の抑うつ状態うつ病の治療について考察した章の文章ですが、この本の文章を目にした瞬間、恥ずかしい話ですが私は不安抑うつの区別がよく分からず、しばしば混同して使っていたことを知らされました…
単に気分が落ち込んだ状態を抑うつ状態と思い込んでいたのです^^;

抑うつ状態とは?
この本の定義に従えば、抑うつ状態とは過去の失敗を後悔し、なおかつ「あのとき○○していれば」などと想像することで何とか過去を変えようとする、ある意味無駄な努力、より正確には頭では過去は「変えられないもの」であることを理解しているにもかかわらず、それでも変えられた過去を想像せずにはおけない心理状態といえます。

不安障害のみで、うつ病などの気分障害とは無縁の人生:
ちなみに私の性格タイプでもある自己愛性パーソナリティ、特に自己愛性パーソナリティ障害に代表される誇大型・無関心型の自己愛性パーソナリティには、不安の感覚を自覚することはできても、罪悪感や後悔の念を感じることは難しいという特徴があるとされています。

たしかにこれまでの人生を振り返ってみますと恥ずかしい思いや不安を感じたことは星の数ほどありますが、罪悪感や後悔の念とないますと…皆無ではありませんが恥や不安に比べますと圧倒的に少ないように思えます。
また幼少の頃から生じていた精神疾患についても、そのほとんどが嘔吐恐怖症女性恐怖症視線恐怖症失禁恐怖症をはじめとした各種恐怖症やパニック障害など不安障害に分類される精神疾患ばかりで、一時的に抑うつ状態に陥ることはあっても、うつ病などの気分障害の診断基準を満たすような症状に陥ったことはありません。

不安を抑うつと混同しやすい自己愛性パーソナリティ?
上述の自己愛性パーソナリティの考察に従えば、私は本当の意味で罪悪感や後悔の念に苛まれることが少なく、それゆえ抑うつ状態の心理も実体験が少ないだけによく分からないと言えるのかもしれません。
言い訳にもなりませんが…

不安障害 克服DVD

社会不安障害・全般性不安障害ほか、不安障害の症状・診断チェック・治療・克服ガイド本


自己分析のきっかけとなった本の文章:

最近出版されたうつ病治療のガイド本『うつ病の心理』で繰り返し指摘されている、メランコリー親和型性格の「自己対象欲求充足の見返りを無意識に期待して行われる献身的な行為」。

本による自己分析・自己治療からの洞察:

メランコリー親和型性格とはこのブログで用いられている抑うつ性パーソナリティとほぼ同義の性格タイプを指しますが、上述の『うつ病の心理』のメランコリー親和型性格の人間関係の特徴の記述は、母親に対する新たな洞察をもたらしました。
母親の過保護・過干渉的な世話焼き行為
母親の性格はこれまでの自己分析や『パーソナリティ障害の診断と治療』における各性格タイプの記述との照合の結果から、おそらくメランコリー親和型性格(抑うつ性パーソナリティ)の傾向が強いと思われます。
そして複数のブログに記載してきた子供の頃の(特に幼少期における)母親の溺愛とも思える過保護・過干渉的な行為が上述のメランコリー親和型性格の人間関係の特徴によるものだとしますと、それはとても腑に落ちる解釈でした。

母親は今でも私や弟に対して何かと世話を焼くたちで、それがときどき何か子ども扱いされているようで嫌悪感を感じることがあっても、なかなか断ることができません(弟は躊躇なく「うるさい」と言っていますが…)。

しかしこのような母親の行為も「自分が他人から必要とされている」ことを実感するためであるのならば合点がいきます。
そして母親の世話を焼く行為がしばしば相手に有無を言わせないほど強迫的な様相を帯びることにも納得できます。
上述の解釈に照らせば母親の過保護・過干渉的な世話焼き行為は自分の存在価値を生み出すための努力なのですから、必死(=強迫的*)になるのも当然です。

*自己分析を始めた頃は母親の性格を強迫性パーソナリティと勘違いしたほど、その強迫性は有無を言わせぬ激しいもののように感じられました。

選択的に生じる母親の過保護・過干渉的な世話焼き行為
ただ母親の過保護・過干渉的な世話焼き行為は誰に対しても生じるわけではなく、選択的に行われているようです。

祖母の話によれば普段祖母と二人っきりでいるときの母親は、無口な上に話しかけても返事もしないそうで、情緒的に引き篭もってしまうようです。これは帰省したときの母親の様子からは想像もできない豹変振りです。
このことは母親が誰彼かまわずに世話を焼くわけではなく、人を見て(判断して)世話を焼いている、見方を変えれば周囲の人の言動や態度が、母親の世話焼き行為を誘発しているとは言わないまでも何らかの影響を与えていることになります。

また母親の豹変振りは人間関係の相互作用の影響を差し引いたとしても、抑うつ気質というよりも躁うつ気質の性格、つまり躁状態と鬱(うつ)状態とを行き来する性格を示しているように思えます。
関連ブログ:作成中

母親の過保護・過干渉的な世話焼きと児童虐待との関連
母親の過保護・過干渉的な世話焼きが自分の存在価値を生み出すために行われるのであれば、そのような行為は強迫性を帯びるだけでなく、世話される相手から感謝される必要があります。
なぜなら世話する相手から感謝されてはじめて自分の存在価値が認められると感じられるためです。

このため場合によっては「せっかく世話してあげたのに感謝すらしない」との激しい怒りが生じることも考えられます。
その際、相手が大人であれば気を使ったり、あるいは怒りを感じて社交辞令的に感謝の言葉を述べることもできるでしょうが、相手が子供、特に赤ちゃんの場合はそのような社会性はまだ十分に育っていませんので、上述の自己愛的な母親の怒りを静めることは大変に難しいことが予想されます。

したがって(少々論理が飛躍しすぎかもしれませんが)自己愛的な母親の「自分の存在価値」という対価を要求する形ので愛情の示し方は「赤ちゃんや子供の」母親への共感不全を通じて、母親に自分の愛情を少しも理解してくれないことへの怒りを生じさせ、このことが児童虐待の一因となっているのではないかと考えられます。
あくまで推測ですが…

ちなみに私の家族を例にとれば、子供の頃の母親の過保護・過干渉的な世話焼き行為はもっぱら私に集中し、それは「お兄ちゃんだから」として合理化されていました。
一方の弟に対しては放任(=ネグレクト)といえるほど無干渉で「弟は言っても聞かないから」というのがその理由でした。

ここでも上述の人間関係における選択性の痕跡が伺えます。おそらく言っても「うるさい!」と怒鳴る弟よりも、たとえ渋々でも言うことを聞く私の方が、母親の存在価値を遥かに高めたのだと思われます。

うつ病の心理-失われた悲しみの場に
著者である精神科医の内海健さんは、近年の社会構造の変化がメランコリー親和型性格(抑うつ性パーソナリティ)の人の うつ病の発症リスクを高め、また最近いわゆる薬(抗うつ薬)が効かない うつ病として問題視されている双極性障害、なかでも双極Ⅱ型障害にはマニー型性格(自己愛性パーソナリティ)の人が多い、すなわち自己愛の病理が関係していると分析されてます。

メランコリー親和型性格(抑うつ性パーソナリティ)心理学的分析本

児童虐待防止法ハンドブック他、児童虐待防止・対策・心理学的分析本リスト


自尊心・自己肯定感の脆さと内的な自己対象の支配力の強さ-回避性パーソナリティ(抑うつ型自己愛性パーソナリティ)の自己分析・治療267回の翌日、次のような夢を見ました。

夢の内容:

心理カウンセリング夢分析とは別の仕事のクライエントさんと一緒に仕事をしている。
社長のSさんからノートパソコンのネットワークの設定の仕事を任される。それは決められた項目に数字を入力していく仕事でしたが、なぜか別の項目に入力してしまったり、入力済みの項目に上から入力してしまったりして、いつまでたっても上手く入力できません(T_T)

最初のうちは「大丈夫ですよ、気にしないでください」と言ってくれていたS社長も業を煮やしたのか「そんなに難しいことですか?」と呆れた様子。
その社長の態度に「人の気も知らないで」と激しい怒りを感じる。

夢分析からの洞察:

夢分析を行った結果、次のような自己洞察を得ました。

自己愛性パーソナリティ(障害)の理想化の防衛機制による誇大妄想と特別意識
S社長から仕事を任されたとき、夢の中の私は天にも上るような高揚感に包まれていました。なぜなら自分ひとりだけが仕事を任されたことで「自分は他の人よりも能力がある」と認められたと感じていたためです。

しかし実際に任された仕事は入力作業というごく単純な作業であることから察するに、おそらくは「誰にでもできる簡単な仕事だから、たまたま手の空いていた私に任された」のだろうと思われます。
したがって夢の中の私の心には強力な理想化の防衛機制の心理が働いているものと考えられます。

私の性格は回避性パーソナリティ(抑うつ型自己愛性パーソナリティ)*の傾向が強いため、普段はこのような防衛機制の働きは抑圧され目立つことはありませんが、夢には普段は抑圧されている誇大型自己愛性パーソナリティ**傾向が姿を現すことがよくあります。
今回の夢では自分の能力が誇大的といえるまでに理想化されていますが、このような心理状態はDSM-IVの自己愛性パーソナリティ障害の診断項目の中の「自己の重要性に関する誇大な感覚(誇大妄想)」や「特別意識」に近いと考えられます。

*私自身は通常の自己愛性パーソナリティ障害の方のようには躁的な防衛機制が上手く機能せず抑うつ状態に陥ることが多い通称抑うつ型自己愛性パーソナリティ障害と呼ばれる方に生じる対人恐怖的症状は、回避性パーソナリティ障害の診断項目に列挙されている症状と酷似しており、したがって回避性パーソナリティ障害の方は潜在的には自己愛性パーソナリティ障害の方に共通した心理を持っていると考えています。
ただしこのような考えは必ずしも一般的とはいえません。
抑うつ型自己愛性パーソナリティ障害 参考文献:恥と自己愛の精神分析―対人恐怖から差別論まで

**一般的に自己愛性パーソナリティとして知られているパーソナリティタイプで、精神分析理論では(自己中心的で他人に無関心という意味で)無関心型自己愛性パーソナリティと呼ばれることもあります。

自己愛性パーソナリティ障害の理想化自己対象に賞賛される至上の喜び
さらに夢の中の私はS社長に対して全幅の信頼を寄せるだけでなく「自分のことを何でも理解し、いつも味方になってくれる頼れる存在」としてみていましたので、理想化の防衛機制は私の能力のみならずS社長に対しても働いている、つまりS社長は理想化自己対象として機能していると思われます。
したがってS社長から「直々に個別に」仕事を頼まれることで、自分にとって特別な存在である(理想化された)S社長から特別に仕事を頼まれるほど自分は価値のある人間だとの保障を与えられ、またその理想化自己対象に賞賛される至上の喜びを私にもたらしたのだと考えられます。

自己愛性パーソナリティ障害の理想化自己対象への尊大な態度と自己中心的な怒り
ところが至上の喜びを味わったのもつかの間、すぐに自分が本当は大して仕事のできない人間であるという(夢の中の)現実に直面させられたため、心の中の理想的な幻想の世界が脆くも崩れ去ってしまい、激しい抑うつ状態に突き落とされてしまいました…
しかしこんなときにも頼りになるのが理想化自己対象であるS社長です。何しろ「常に自分に理解を示してくれる」理想的な存在なのですから。

最初は哀れみを請うような態度*が功を奏したのかS社長も気を使って「大丈夫ですよ、気にしないでください」と私を支えてくれていたのですが、やがて我慢の限界に達したのか「そんなに難しいことですか?」と呆れてしまいました…

*この態度も同じくDSM-IVの自己愛性パーソナリティ障害の診断項目の「自分の目的を達成するために他人を利用する」態度を連想させます。もっとも理想化自己対象として利用しているのですから、これは当然のことです。
ちなみに私は自身のこの「同情を誘うことで他人の世話を引き出す」態度を悲劇のヒロイン(気取り)と名づけています。

それに対して夢の中の私は「人の気も知らないで」と激しい怒りを感じていますが、「人の気も知らないで」と怒りを覚える気持ちの背後には「自分は配慮されて当然」との尊大な気持ちが存在しており、これはDSM-Ⅳの自己愛性パーソナリティ障害の診断項目の「特権意識」に該当する心理です。

また「人の気も知らないで」と激しい怒りを感じているときの私の心は、もっぱら自分が迫害的な目に遭わされている、つまり被害者意識でいっぱいで、例えばそのような気持ちや態度が他人にどう感じられるのか、などについては一切考慮されていません。
この心理状態が自己愛性パーソナリティ障害をはじめとした自己愛障害の方が自己中心的とされる理由であり、また自己愛性パーソナリティ障害が無関心型自己愛性パーソナリティ障害と呼ばれるゆえんです。

自己愛性パーソナリティ障害の尊大な態度の裏の精神的苦痛の強さ
しかし一見尊大に思えるこのような夢の中の私(そしておそらくは自己愛性パーソナリティ障害の方)の態度も、裏を返せば無条件の配慮を「求めざるを得ない」ほど切迫した精神的苦痛に直面していることの表れのような気がします。
その印象とは裏腹に、それは助けを求める悲痛な叫びのように思えてなりません。

理想化の防衛機制 心理学的解説本

自己愛性パーソナリティ障害・自己愛障害の治療・心理学的分析本

回避性パーソナリティ障害(抑うつ型自己愛性パーソナリティ障害)の症状・治療・原因 心理学的解説本

続きを読む

このページの上部へ

カウンセラー プロフィール

心理カウンセラー・夢分析家
保有資格:
産業カウンセラー
米国NLP協会TM認定NLPマスタープラクティショナー
プロフィール詳細


サイト内検索

カテゴリ




最近のピクチャ

最近のコメント