先日あるドラマを批評する番組で『サバイバル・ウェディング』と『透明なゆりかご』が、けっこう酷評されていました。
その理由は、前者は「ファッション誌の編集長の高級ブランドを基準とした価値観が、視聴者の庶民感覚から著しくズレている」からで、後者は「夏に、こんな重たいテーマのドラマは見たくない」からというものでした。

私自身は『サバイバル・ウェディング』はコメディ調のフィクションと認識していますので、そのフィクションは必ずしも世相を忠実に反映している必要はないと思いますし、また『透明なゆりかご』は当事者の方の様々な苦悩を掬い取ったとても良いドラマだと思っています。

ですので批評家の方が指摘するような自分の生活とのギャップを『サバイバル・ウェディング』を見ながら感じたことはありませんし、また季節感からドラマを選択する習慣もなかったので、批評家の方の指摘はいずれも予想外のものでした。

ですが、もしこれらの批判が妥当なものなのだとすれば、今こうした作品の内容そのもの以外の要因を重視する人が増えており、私はそのトレンドから外れているということになりそうです。
これは共感能力を高度に必要とされる心理職では、けっこう致命的なことかもしれません...

またそれと共に、批評家の方のようなドラマの見方をする人と、私のように内容そのものを重視する人とでは、ドラマその他の作品との接し方に根本的な違いがあることに気づきました。

近々その点を心理・アートの両面から記事にしたいと考えています。
記事が完成しましたら、こちらにもリンクを貼ります。

追伸)なお『サバイバル・ウェディング』では、庶民感覚とのズレよりも、編集長の度重なるセクハラ発言の方がよほど目につきますが、その点も自覚なく失言を繰り返す編集長のダメ人間ぶりが分かるような演出がなされていると感じました。